rumbling rebels

Translations of Rock Lyrics,and so on! Beat Goes On And On!

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Location: TOKYO, Japan

Tuesday, December 13, 2005

チェインギャング

きっかけは友達のblogだった。
いわゆる"ファーファッション"に強力にプロテストする
短いweb映像を見たのだ。

内容的には 毛皮がどう創られるかというものだったのだけども。。。

思わず、目を背けるような映像が、10分あまりにわたって
そこには あった。

それをきっかけに関連情報をDigするなかで、

先月末の報道で、ポールマッカートニーが
中国で行われているファーファッションの生産過程を
BBCで放送予定のドキュメントのフィルムを通して知り、激怒、
北京オリンピック、また、今後、中国での演奏活動を、
ボイコットする! と発言した、という記事にぶちあたった。

それを読んだとき、
ほんとうに久々に持って行き場がない
感情が 心に渦巻いた。

これは、凄く、複雑な問題だと思った。
多分、極端なことをいうと、
人と人は、なんで殺し合うのか? とか
昔 あったアパルトヘイトの問題の根っこにあること とか、
すごく根源的な ところまで、話が さかのぼっていくだろう。

思うに、今、世界的に、
あまりに昔から繰り返されて、今なお出口が見つからず深刻化する
様々な事態に対して、いわゆる精神的な免疫機能が
麻痺してしまって、未来に覆いかぶさってくる漠然とした不安とか
"絶対 どうにもならない"、っていう あきらめに
支配されかかってるのかもしれない。

また、一日経ってみると、凄く恣意的な作為があることにも気づいた。
これは、友人と対話しながら ハッとしたんだけども。

身近な例でいうと、
最近、また、毎日のようにオンエアされる報道番組を
みるのがホントに辛くなってきてしまったところだったのです。

ネガティブな
事実を知る事で、じゃぁ、せめて、自分は!って、反作用で ポジティブに
部屋を出て行けるように!って祈りながら視聴してる始末。

いま現在有効とされるあらゆるメディアを駆使して
社会の事に対して発言したり、書いたりしていると、
個人的には、ほんとに何でも言える反面、二次元上、
blogとかwebsiteとかソーシャルネットワークコミュニティの中では、
凄い無責任さも生じてくるもんなんだなぁ って改めて痛感した。

ある部分では凄く心のこもったプロテストにもなりうるし、
その反面、悪意に満ちたプロパガンダにも見えるっていう矛盾。

凄く恣意的に、事態を単純化させたがる人たちの
手のひらの上に、いつの間にか のせられないように、
そういう、違和に"気づく"感性のアンテナ"は ずっと研ぎすませていたい

と 思いながら、いつのまにか その逆の立場にも ほんとに
びっくりするぐらい、あっさりと陥ってしまうという罠。

一番肝心な事は そういう状況を いかに 個人の中で
対象化して、気づくかどうか、だ。

個人が自分にできることを、やるっていうのが、
心の平穏さを保つ唯一無二の方法なんだっていうのも
昨今、よく実感させられる場面が多い。

ポールマッカートニーにしても、
それに気づいたとき、自分のペンから何度目かの、
世界中を感涙させる曲が溢れてくるって本気で想うよ。
だって、今までだって 何度もあったしさ。

才能を最大限に活かす方向性を
切り開くのに使い続けるのが、アーティストにとっての
最大の使命だし、それを全うできたひとが、
どんな社会状況の中でも、微笑みの中で
最後のタメイキをつけるんじゃないかと思うよ。

そういう、誇り高き世界市民でありたい これからも。

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